2019年1月2日水曜日

門松や思へば一夜三十年

明けましておめでとうございます。

門松や思へば一夜三十年 

これは芭蕉の句。
友人がFacebookに「平成元年を迎えたのがパリに来て一年目。あれからもう30年になるのかという感慨」と書き添えたお年賀投稿をしていたので、この句を彼女のタイムラインに書き込んだのですが、

コメントを書き込んだ後で、改めてしみじみとこの句に感じ入ってしまいました。

さすが芭蕉だなぁ、正月ひとつ取っても、三十年の月日が駆け巡ってしまう。しかも思えば一夜と。

件の友人とはパリで出会いました。私もちょうど同じ頃パリに来たので、平成の丸々30年が、おおよそ私のパリでの30年に相当します。「あれから30年」という感慨は私も同じ。

30年前、1989年は、昭和天皇の崩御とベルリンの壁崩壊の年で、ベルリンの壁と同じ1961年に生まれた私は28歳でした。あの年、私は人生で初めて、世界が転換するのを感じたのでした。自分が生まれ育った世界が崩れ去り、これからの世界は違うものなのだと慄いた一方、赤ん坊だった自分が28歳にもなったのだから、それは世界も変わるのだろうと、自己中心的に納得したのを覚えています。私が生まれたのは戦争が終わって、「たった」16年しか経っていない時。それを考えれば、28年もあればどれほど世界は変わるだろう、と。

30年というのは、そんな時間です。いま、私の人生の二つ目の時期が平成という時代と共に終わろうとしています。世界は、日本もフランスも、それを取り巻く国々とその関係も大きく変わってしまったし、私自身の人生も大方がすでに過去になってしまいました。私に残されているのは、(長生きするとしても)最後の30年で、もう4回目はないでしょう。

今、私の中では、私自身の「思へば一夜三十年」がぐるぐるしています。最近、新たな光に当てて考え直したこともあります。けれど、それを言葉にするには、まだ時間とその他のものが必要なので、今日はただここに簡潔に、俳聖のこの句を記して、みなさんと共有したいと思います。

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