『ナタリー』書評 ふらんす / 書標


「書標」8月号より


『ナタリー』

ダヴィド・フェンキノス著
早川書房・一七八五円

初めて出会った二人が、目で、次に言葉で、

そして時間をともにすることで恋をする。か

つて私たちはそうやって恋に落ちたことがあ

り、またそんな風に恋に落ちるとは思ってい

なかったのです。『ナタリー』は恋の始まりと、

その終わり、そして新たな恋の訪れを一一六

の断章とくすぐるようなユーモアで描いた恋

愛小説です。

「デリカシーというのは、相手に深く配慮

するということ、相手のいうことに耳を傾け

るということ、決して急がせないということ」

著者のダヴィド・フェンキノスは巻末のイ

ンタヴューにこう答えています。本書の原題

はデリカシーという意味のフランス語。現代

の恋愛で、ドラマにではなく、繊細な心の動

きに焦点をあてたものとしては、まさに本質

をついたタイトルではないでしょうか。

控えめで読書の好きな主人公ナタリーはフ

ランソワという恋人と出会い、幸せな日々を

送ります。しかし、ある日突然フランソワを

事故でなくしてしまう。心を開くことのでき

なくなったナタリーですが、不器用で、しか

しとびきりのユーモアをもったマルキュスが

彼女を変えていきます。

デリケートな恋物語が書店の棚から姿を消

し(あるいは無視され)、率直な感情につい

ては誰も語らなくなってしまった昨今、この

小説の刊行はある種の読者の乾きを充分に癒

し、細やかな感情を掬い取る見事な筆致に

よって、閉じかけていた扉をもう一度開いて

くれるはずです。

さて、物語の終盤、ナタリーとマルキュス

は恋の逃避行へと出かけ(この辺り、いかに

もフランス的な楽観主義で楽しいです)、ナ

タリーの思い出の場所をたどりながら、彼女

のこれまでを追体験するのですが、ここに

至って私たちは恋が愛情へと熟していくのを

見ることになります。やさしく、急がせず。

愛情は二人をひとつに結ぶのです。 (傑)

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