2014年1月31日金曜日

マブルーク・ラシュディの書き下ろし短編「プリンスの鏡」


文學界2月号に、『郊外少年マリク』の著者、マブルーク・ラシュディの書き下ろし短編「プリンスの鏡」を訳出しました。
日本の雑誌が海外の作家に直接、書き下ろしを依頼するというのは珍しいことですが、この小説、この意外な企画が生きた作品になっています。

訳者にとっては、訳し甲斐のある、なかなか楽しい仕事でした。日本語になりにくくて苦労もしましたが。

文學界』のウエブサイトに行くと、冒頭部分が読めるようになっています。

http://www.bunshun.co.jp/mag/bungakukai/

この号にはラシュディと並んで、
  • 美徳 書き下ろし海外小説  董啓章 藤井省三 訳
  • 包囲 翻訳  タマシュ・ドボズィ 藤井光 訳
  • が掲載されていて、いずれもとても面白いです。

    特集も面白そうでしょう?

    なにしろ2月号。今はもう日本では21日。もうすぐ、店頭から消えてしまうと思うので、まだお読みになっていない方は是非、本屋さんへ!



     
    それにしても、なんでこんなにお知らせが遅れたかというと、それは一重に私の怠慢。
    自分の仕事を宣伝しないでいったいなんのブログでしょう!!!

    けれどひとつ言えるのは、雑誌が届かなかったんです。父の葬儀を済ませて戻って来たフランスに届いているかと思ったらまだで、遅れているのだろうと待っていたら20日になってしまったんです。それでも届かないので問い合わせたら、間違いがあって送られてなかったそうで、編集者さんが急いで送ってくれて届いたのが一週間前。
    しかもいざブログに載せようと思ったら、カメラが壊れていて写真が撮れない。このカメラ、去年の11月に買ったのに、バッテリーがだめになっていて充電できないんです()

    でも、とても幸運なことに、東京の友人が撮ってくれた写真があるので、お借りしてアップしました。

    ですから、やはりお知らせが遅れたのは、情状酌量の余地なし、ただただ私の怠慢なのです。

    2014年1月6日月曜日

    仏様のガレット

    今日1月6日は、フランスではエピファニー(キリスト公現祭)といって、ガレット・デ・ロワ(王様たちのガレット)というお菓子を食べる日です。 

    エピファニーは、星の知らせでキリストが生まれたのを知った東方の三博士(王)が、厩に救い主を訪ねて来た日ということで、クリスマスに始まるキリスト降誕祭の最終日ですが、いまどきのフランス人には、そんなことより、まずガレット。パイ生地の中にアーモンドパウダーで作ったフィリングが入った、わりと素朴なお菓子。面白いのは中にフェーヴと呼ばれる小さな固いものが入っていること。数人で切り分けて食べたときに、このフェーヴが入っているのが当たると「王様」になれるというので、老若男女、ワイワイ、お菓子を囲むのが楽しいのです。ふつうは、大人が切り分けている間に、一番小さい子どもがテーブルの下に隠れて、「それはおじいちゃんに」「それはお姉ちゃんに」というように、見ないで皆に振り分けます。 

    さて、今、私は東京にいるのですが、久しぶりに外出したところ、日本橋の三越の地下で、ガレット・デ・ロワに遭遇しました。日本の家族にフランスの伝統菓子を、王様ごっこの風習ごと食べさせてやろうと、これをひとつ購入することにしました。ところが・・・ 

    「フェーヴ、おつけしますね」 
    と、レジで袋に入った小さなフェーヴをおまけのように付けてくれるではありませんか!!!  
    「フェーヴは中に入っているんじゃないんですか?」 
    と訊くと、 
    「あぶないので、中には入れません。ご希望でしたらご自分で入れてください」 
    え、そんな・・・ 

    けれど次の瞬間、私はにっこりしました。 
    実は、年末に父が他界したのです。実家のリビングには、大きな遺影のある祭壇が鎮座していて、食事やお茶のたびごとに、お供えをしています。 
    だから、このガレットのフェーヴは、お父さんのに入れてあげよう。 

    考えてみれば、フェーヴを中にいれない気遣いも理解できます。みんながフェーヴを探しながら食べるフランスとは違って、そんなものが入っているとは知らない人が多い日本で、うっかりフェーヴを呑み込まれて幼児や老人になにかあっては困ります。だいたい、老人の死の引き金を引くのが、「誤嚥」であることは多い。母は、父の具合が急転したのが、「誤嚥」のせいではないことを知って、とても救われていました。でも、今はもう、誤嚥の怖れもなく、お父さんにあげられます。 

    仏教でお葬式をして戒名もいただいた父が、エピファニーのガレットであの世で王様になれるのか、真面目に考えるとあまり自信がなくなってきますが、どうもまだ、この辺りを漂っているような魂に幸せなことがありますように。 

    *******
    この話には後日談があります。今朝、葬儀でお世話になった業者の方が、お位牌の相談にいらっしゃいました。お茶を出すときに、余っていたガレットを切り分けたところ、仏様にお供えしようとした最後の一切れに、アーモンドが入っていました。日本では、のどに詰まると危ないフェーヴの代わりに、噛み砕いて食べられるアーモンドを入れていたことがそのとき分かりました。そして私が小賢しいことをしなくても、フェーヴは「お父さん」に当たったのでした。(1月8日)